まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます

「ポップ・ミューヂック(POP MUZIK)」M(1979)

 おはようございます。

 さて昨日取り上げた「ゴーストバスターズ」と「アイ・ウォント・ア・ニュードラッグ」の盗作騒ぎの中で、その2曲の大元だとしてクローズアップされた曲がありました。Mの「ポップ・ミューヂック」です。

 (レイ・パーカーJrを訴えたと書いている人もいましたが、信憑性のある記事を見つけることはできませんでした)


M - Pop Muzik (Official Video)

 ”ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミュンヘン 

 みんな話してるのは ポップ・ミュージック”

 

 ”M”はロビン・スコットをメインとするプロジェクト。

”ミューヂック(MUZIK)”とはジャマイカ訛りの英語で”MUSIC”をさします。

 

 ロビン・スコットはこの曲についてこういう風に語っています。

「僕は過去25年間のポップ・ミュージックを要約したような、いろんなスタイルがミックスされたものを作ることに関心があったんだ。それが僕が意図的にやろうとしたポイントだ。ロックンロールはジェネレーション・ギャップを生み出した一方で、ディスコは人々を巨大な規模で人々を巻き込んだよね。だから僕はシンプルにやんわりとこう主張したかったんだ。僕らみんなが話しているのは基本的にポップ・ミュージックのことなんだってね」

 

 それでは、ロビン・スコットという人の歩みを少し追って見たいと思います。

 彼はまず1960年代後半アートスクールに通っていた時代に、デザイナーでのちにパンク・ムーヴメントの仕掛け人となるマルコム・マクラーレンヴィヴィアン・ウェストウッドと知り合っていて、彼らのブティックを一緒にやるという誘いもあったそうですが、音楽をやるために断ったそうです。

 そしてフォークのシンガー・ソングライターとして1969年にデビューを果たします。

 この当時デヴィッド・ボウイなどとも知り合ったそうですが、アーティストとしては成功をつかめませんでした。


The Sailor (feat. Mighty Baby)

 70年代もプログレ・バンド”キャメル”のメンバーや、後にエルヴィス・コステロのアトラクションズのメンバーになるピート・トーマスなど様々な人たちと曲を作ったりしましたがリリースには至らず、その後はプロデューサーをやったり、自身のレーベル”Do It Records"を立ち上げ、アダム&ジ・アンツの初期の作品をリリースしたりしていました。

 自分のレーベルで彼は”Comic Romance"という名義で1978年にシングルを発表しています。


Comic Romance - Cry Myself To Sleep (Robin Scott before M)

 この頃彼はレゲエに興味があったようです。後に彼が、ジャマイカ訛りの英語である"MUZIK”を使った理由がわかるような気がします。

 この曲は後にリアレンジされMのアルバムにも収録されます。

 そして彼はパリの”バークレイ”というレーベルにプロデューサーとして雇われてパリに拠点を設けます。そしてそこで、”M”のコンセプトを思いつき、曲のデモを作り始めました。

 そしてまず「Moderb Man」という曲を自身のレーベルからリリースします。


M - Moderne Man (Single Version) (Robin Scott) [HQ Audio]

  まだ、テクノポップじゃありませんね。ニュー・ウェイヴ風です(のちのこの曲もリアレンジされMのアルバムに入ります)。

 そして「ポップ・ミューヂック」も当初はテクノポップではありませんでした。


M - Pop Muzik (78 Demo)

 全然違いますね。このアレンジでは大ヒットはしてないでしょうね。このデモを聴いた彼の友人が”シンセサイザー”を使ったらどうかと提案したそうで、それで作品は激変したわけです。

 

 「ポップ・ミューヂック」が大ヒットした1979年。僕は当時中学生でしたが、1980年代という新しい時代への楽観的な予感が確かにありました。当時開発されたシンセサイザーとドラムマシーンが”近未来”をイメージさせるものとして、(主に)少年たちの耳を惹きつけたのです(僕は正直そうでもなかったのですが)。

 日本ではもちろんYMOの大ブレイクがありました。海外ではテクノ・ポップではありませんがバグルスの「ラジオスターの悲劇」が大ヒットしましたし、

popups.hatenablog.com

 Mよりもずっと本格的ですが、ゲイリー・ニューマンという人も同時期にブレイクしました。


Gary Numan - Cars

 「ポップ・ミューヂック」は単に安直な一発屋ヒットと思われている節はありますが、ちゃんとその時代の大きな波の先駆けとなり、シンボルにもなった”意味のある”曲なのだと思います。

 そして「ポップ・ミューヂック」の大ブレイクした翌年リリースのアルバム「オフィシャル・シークレット・アクト」は売れ線から一転し、彼の美意識が強く反映されたようなシンセ・ロック的な世界になっています。


M - Official Secrets

 彼は坂本龍一と知り合う機会があったようで、それぞれの最新アルバム(「B2ユニット」「オフィシャル・シークレット・アクト」)を交換しあうとお互い気に入ったようで、一緒に作品を作ることになります。それが坂本の「左うでの夢」です。

 ただし坂本は自分の作品のプロデュースをしてもらうつもりだったが、ロビンのほうは共同名義の作品を作るつもりでいたという話があって、「左うでの夢」の曲を新たにロビン主体で作り直した「The Arrangement」という12インチが作られていたのはそのせいかもしれません。


THE ARRANGEMENT

 

 その後ロビンのその次アルバム「フェイマス・ラスト・ワード」に高橋ユキヒロが参加したりしますが、これといったヒットも生まれないまま彼の活動はトーンダウンしていきます。

 しかし「ポップ・ミューヂック」のほうは、U2がポップマートツアーでこの曲をリミックスして使ったりなど定期的に再評価があり、ロビン・スコットは結局「ポップ・ミューヂック」の人で終わりそうではあります。

 

  彼の最新作は2018年リリースの「Emotional DNA」。基本打ち込みのトラックに合わせてギターを弾いています。ギターの弾き語りでデビューし、テクノポップでブレイクした人ですから、そのちょうど中間のスタイル、なのかもしれませんね。

 

 


Over You

 

 

 

 

 

 

 

Pop Muzik

Pop Muzik

  • アーティスト:M.
  • 発売日: 1998/01/05
  • メディア: CD