まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「スタンド・バイ・ミー(Stand By Me)」ベン・E・キング(1961)

 おはようございます。

 今日はベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」です。


Stand By Me, Ben E King, 1961

  ” 夜がやってきて 大地は暗くなり

     月だけが僕たちに見えるたったひとつの光だ

   でも、僕は怖れない そう、怖れたりしない

   君がそばに、そばにいてくれる限り

   *ダーリン、ダーリン だから、そばにいてほしい そばにいてほしいんだ

   僕のそばにいて そばにいて

 

      僕たちが見上げるあの空が たとえ崩れ落ちて来ても

   あの山が粉々になって海へ流れ落ちていっても

   僕は泣かない 泣いたりしない 僕は涙を流さない

   君がそばに、そばにいてくれる限り

   *×2

   いつだって君が困った時には ただ僕のそばにいればいい

   僕のそばにいて ”                     (拙訳)

 

 

 

        曲を書いたのはベン・E・キング本人ですが、影響を与えたのが、サム・クックが在籍していたことで知られるゴシペル・グループ、ソウル・スターラーズの「Stand By Me Father」。サム・クックとJ.W.アレキサンダーの作品です。

 


"Stand By Me Father" - The Soul Stirrers | ABKCO

 

 また、牧師でゴスペルの作曲家であったチャールズ・アルバート・ティンドレーが1905年に作った同名の賛美歌を自分なりにアップデートしたいとも考えていたようです。ティンドレーの「Stand By Me」はエルヴィス・プレスリーが歌っているものがあります。

 


Elvis Presley - Stand By Me

 また、"詩篇46"に

” Therefore will not we fear, though the Earth be removed, and though the mountains be carried into the midst of the sea.”

 (このゆえに、たとい地は変わり、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない)

 という言葉があって、これが歌詞に反映されています。

 

  この曲の根底は”ゴスペル”で、そばにいてほしいと祈る相手は神なのですが、それが愛する相手とも解釈できる歌としても完全に成立していることで、”究極の普遍性”を手にしているんですね。

 

 ベン・E・キングザ・ドリフターズというコーラス・グループのメンバーでしたが、ベンやドリフターズをヒットさせたプロデューサー&ソングライター・チームがジェリー・リーバー&マーク・ストーラーでした。

 彼らは二人とも白人でしたが、黒人が多く住むエリアで生まれ育ったこともあって、幼い頃から黒人音楽に深く傾倒していたことで意気投合し、一緒に曲を作るようになります(ジェリーが作詞、マークが作曲)。

 日本人にとって一番お馴染みなのがプレスリーの「ハウンド・ドッグ」や「監獄ロック」でしょう。

 ”ロックンロール”は、カントリーとブルース、R&Bの融合、または、白人が黒人の音楽をやる、というようなクロス・オーバーすることで化学反応を起こし、アメリカのポップ・ミュージックは一気にブレイクしていくのですが、その”表の顔”をプレスリーとするならば、”裏の功労者”が、リーバー&ストーラーです。

 そして、リーバー&ストーラーは、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィンやバート・バカラック&ハル・デヴィッドなどのようなソング・ライター・チームというより、プロデューサー・チームとして活躍したことが特徴です。

 他の人に曲を書かせて、売れるように彼らが直し、仕上げるという、現代のポップ・ミュージックのプロデューサーに大変近い仕事をやっていたことは特筆できます。

 

 ベン・E・キングを有名にしたドリフターズの大ヒット「ゼアズ・ゴー・マイ・ベイビー」もベンの書いた曲ですが、当時のR&Bでは異例だったストリングス主体のアレンジを施したことにより大ヒットします。

 


the Drifters There Goes my Baby

 また、あのフィル・スペクターがリーバー&ストーラーの舎弟として、彼らから多くを学んだことは有名ですが(ウォール・オブ・サウンドはリーバー&ストーラーのレコーディングを経験していなかったら思いつかなかったでしょう)、フィルがジェリーに一緒に曲を書いて欲しいと頼んで作ったのがベン・E・キングの大ヒット「スパニッシュ・ハーレム」です。ただし、マイク・ストーラーも途中から作曲に協力し、印象的なマリンバなどのアレンジもマイクによるものでフィルは一切口を出していなかったようです。


Ben E King - Spanish Harlem

 そして「スパニッシュ・ハーレム」のレコーディングのときに、スペアで抑えていた時間があって、リーバーとストーラーはベンに「何か曲があったらやってみる?」とたずねたそうです。そして、彼が歌って聴かせたのが「スタンド・バイ・ミー」だったそうです。

 ベンが自宅でギターを片手にティンドレー牧師の「スタンド・バイ・ミー」を念頭に書いたものでした。ドリフターズを辞めたばかりだった彼は、この曲を彼らに歌ってもらおうとしたのですが断られてしまっていました。

 リーバーとストーラーはその場でアレンジを考えたそうです。

 印象的なベース・ラインは1950年代に大流行したブラジルのバイヨンのリズムを取り入れたそうで、スクラッチ音のようなものは、スネアドラムを裏側にして、そこに張られたワイヤーをブラシで擦っている音なのだそうです。

 こういうのもすべてリーバーとストーラーのアイディアで、

 ベン・E・キング曰く、

 リーバーとストーラーは聴く人の耳をひきつけて、注意をそらさないようにする”小さな仕掛け”をいつも探していたそうです。

 

 ある意味スピリチャルで普遍的な意図を持った楽曲を、その時代最高のヒットメイカーが斬新なアレンジを施したことで、ゴスペルでもポップスでもR&Bでもない”特殊な曲”が生まれたわけなんですね。