まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「空が落ちてくる(I Feel The Earth Move)」キャロル・キング(1971)

 おはようございます。

 今日はキャロル・キングの「空が落ちてくる」です。

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I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down
I feel my heart start to trembling
Whenever you're around

Oh, baby, when I see your face
Mellow as the month of May
Oh, darling, I can't stand it
When you look at me that way

I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down
I feel my heart start to trembling
Whenever you're around

Oh, darling, when you're near me
And you tenderly call my name
I know that my emotions
Are something I just can't tame
I've just got to have you baby

I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down, tumbling down
I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down, tumbling down

I just lose control
Down to my very soul
I get hot and cold all over

I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down
I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down tumbling down

Tumbling down

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地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの

私の心は震え始める

いつだってあなたがそばにいると

 

ああ、ベイビー、

5月のように豊潤なあなたの顔を見ると

おお、ダーリン、我慢できなくなる

そんな風に見つめられると

 

地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの

私の心は震え始める

いつだってあなたがそばにいると

 

おお、ダーリン、あなたが近くにいて

やさしく名前を呼ばれると

私の感情はうまく抑えられなくなるの

あなたを私のものにしたいの、ベイビー

 

地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの 

地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの

 

心の奥底まで 抑えがきかなくなって

体じゅうが熱くなったり冷たくなったりするの

 

地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの 

地面が動くのを感じる 足元で

空が転がり落ちてくるの

転がり落ちてくる、、                (拙訳)

 

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 シンガー・ソングライターの作品、そしてポップスの名盤と呼ばれるものの中でも、とりわけ最高傑作と呼ばれ続けているのが、キャロル・キングのアルバム「つづれおり(Tapestry)」です。

 「つづれおり」は発売当時爆発的に売れた作品ですが、多くの大ヒット作が時ともに色褪せてゆく中で、何十年も評価が変わらないという稀有な作品です。

 そして、そのアルバムの冒頭を飾っているのが、この「空が落ちてくる」です。

 

 

 1960年代に彼女は、当時夫でもあった作詞家ジェリー・ゴフィンとのコンビで、言い方は良くないですが、いわば”ヒット曲製造マシーン”として本当にたくさんのヒット曲を生み出しました。

  

 その頃の代表的ヒット、リトル・エヴァの「ロコモーション」


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 彼女は当初から自作自演の作品もリリースしていて、ヒットしたものも1曲だけありました。ただし、彼女自身は、客観的に自分はシンガーの天賦はないと思っていました。

 唯一のヒット曲「9月の雨(it might as well rain until september) 」

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 他のアーティストのためにヒット曲を書く”裏方”であることに不満のなかった彼女が自らシンガーソングライターとしてやっていこうとした決意した要因はなんだったのでしょう。

 まず、公私ともにパートナーであったジェリーと離婚したということがあります。

 

 もともとジェリーとは彼女からの一目惚れから始まった関係で、しかも作詞家としても彼を崇拝していました。言い方は悪いですが、彼が彼女を支配している関係だったようですが、彼が強制的に支配していたというより、彼女が受け身でいることにあまり抵抗を感じなかった、というほうが近かったのかもしれません。

 

 離婚後、彼女はニューヨークからロサンゼルスに拠点を移しました。生粋のニューヨーカーであった彼女にとっては大きな変化だったはずです。

 

 当時、彼女が所属していた音楽出版社”アルドン・ミュージック”が映画の製作会社”スクリーン・ジェムズ”に身売りしました。映画の本拠地はLAであり、スクリーン・ジェムズの支社長はキャロルも知っているレスター・シルでした。レスターはフィル・スペクターをバックアップし、共同でレーベルを運営していた人物です。

 

 このブログでも、南カリフォルニア産の”サンシャイン・ポップ”というジャンルでヒット曲をいくつか紹介しましたが、この頃は西海岸がポップ・ミュージックの新しい中心地になっていたという背景もあり、彼女は新しい拠点に選んだのでしょう。

 

 また、ビートルズの大ブレイク以降、彼女のような商業作家がベルトコンベア式にヒット曲を作っていくというスタイルが時代遅れになってしまっていて、彼女自身何か新しい変化を求めていたという側面もありました。

 

 そこで、彼女はトニ・スターンという女性作詞家と出会い、共作をはじめます。

 自宅のピアノに向かうと、ついヒット曲を狙った作曲をしてしまうのが習慣になった彼女ですが、トニとは楽しんで作曲ができたと語っています。

 これは「つづれおり」につながる、大事な変化だと僕は思います。

 

 それから、かつてジェリーと作ったインディー・レーベルで契約していたバンドのベーシスト、チャールズ・ラーキー(彼女の再婚相手でもあります)、彼と一緒に活動していたギタリスト、ダニー・コーチマーと共にバンドを組みます。

 全員がニューヨーク出身だったのでダニーの発案で”THE CITY"という名前がつけられアルバムも作られました。

 

 それから、ニューヨークで一度だけ会ったことがあったジェイムス・テイラーと再会し、交流するようになったこと、これがとても大きかったようです。彼女は彼の音楽に本当に心酔し、一緒に演奏するときは”私たちの音楽の語彙は同じ”と感じたそうです。

 「つづれおり」の中の有名な曲「ソー・ファー・アウェイ」は、ジェームズが歌うのを頭の中に浮かべながら作ったと彼女は語っています。

 

「ジェームズの作曲スタイルに強く刺激された私は、自分の曲にもそのスタイルを取り入れるようになった。」(「キャロル・キング自伝 ナチュラル・ウーマン」)

  

 またジェームズは、自分のライヴのサポートをしていたキャロルにメイン・ボーカルを歌わせたり、彼女をソロ・パフォーマーへと導く役割も果たしたそうです。

 

 十代から音楽業界に入り、当初はニューヨークのアップライト・ピアノがやっと入るくらいの小部屋に缶詰にされ、上の指示で毎日ひたすらヒット曲を作っていた彼女は、プライベートでも彼に頼り、若くして母親にもなりました。彼女は、とても制約の多い受動的な人生を送っていたともいえます。 

 

 そして、離婚し、LAに移ることで、彼女が得たものは”自由”でした。

 LAはNYに比べて気候や環境、人間関係などずいぶんリラックスして自由を感じれる場所ですが、なにより僕が注目したいのは”創作の自由”ということです。

 それまでの”ジェリー頼み”から解放され、様々な人々と交流する”自由な音楽活動”を始め、ヒット曲や他のアーティスト用だけじゃなく自分のために創作していくなかで、彼女は自分を見つめ直し、自分自身を評価し直すことができたのではないかと僕は思います。

 そこで、自分はシンガーには向いていない、才能がない、という思い込みからも抜けて、自分に合ったスタイルを模索することができたのです。

 

 一見派手に思えるヒットメイカー時代の彼女は”制約が多く受動的”で、穏やかで内省的な「つづれおり」時代のほうが”自由で能動的”だったわけです。

 

 そして、狂騒の時代であった1960年代が終わり、世の中の熱が冷めて内省的に向かっていったそのムードと、キャロル・キングが当時持っていた音楽的、精神的波長がぴったりとシンクロしたのが「つづれおり」だったのだろうと思います。

 

 ヒット曲を書く作曲家として、ポップ・ミュージック史上で彼女は間違いなく5本の指に入る”天才”だと僕は思いますが、「つづれおり」という大傑作は、彼女の才能だけじゃなく、大きな環境の変化と、それによってもたらされた内面の変化、そして他の人たちとの交流から生まれる”化学反応”が大きく作用しているように思えます。

 

 「つづれおり」の前に彼女は「ライター」というアルバムをリリースしていますが、ジェリーと再びタッグを組んで書いた曲がほとんどでした。

 しかし「つづれおり」では彼女が詞曲両方を手がけた曲が多数を占めています。

 これはあくまでも僕の考えですが、ジェリーと共作することは、どうしても彼女を受動的にしてしまっていたのではないでしょうか。<彼の歌詞に合わせ過ぎてしまう>のです。これは他のアーティストのヒット曲を狙う場合はいいのでしょうが、彼女自身が歌うときにはあまりふさわしくない面もあったと思います。彼女のパーソナリティ、人間味が前に出てきづらかったのではないかと。

 

 ジェリーはもちろん非常に才能のある作詞家で、かつては、キャロルがどうして女の子の気持ちがこんなにわかるの?と驚嘆するほどの、日本でいう松本隆みたいな(?)歌詞もかけたわけですが、この頃は、作家としての自意識やこだわりが強く感じるような作風が多くなっていました。

 

 「つづれおり」に収録されているジェリーの曲のうち新曲はけっこう男っぽい世界の「スマックウォーター・ジャック」のみ、あとは彼がかつて書いた作品の中でもとりわけ女性の気持ちを見事に描いていると評価されている「ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ」と「ナチュラル・ウーマン」だったことは興味深いことです。そして、この2曲のキャロルは自分で書いた歌詞を歌うように自然なパフォーマンスを聴かせてくれています。

 

 そういうことを考えると、ジェリー・ゴフィンの大きな影響から脱したこと、それが「つづれおり」という作品を素晴らしくしたひとつの要因になっていると僕は思うのです。

 

 そして、彼女自身が歌詞も手がけたひとつがこの「空が落ちてくる」です。

”あなたが近くにいるだけで、心が震えて、足元の地面が揺れているみたい”という率直なラヴ・ソングですが、演奏にも歌にも、それまでの彼女にはなかった”攻めている”スタイルが現れているように思います。

 

 ハリウッドのかつてはチャップリンのスタジオだったという、A&MスタジオのBスタジオで「つづれおり」をレコーディングしていたそうですが、同じCスタジオではジョニ・ミッチェルが「ブルー」という、これまた後に名盤となるアルバムをレコーディングしていたそうです。

 Cスタにはミュージシャンから評判の高いスタンウェイのピアノがあったらしく、そのピアノが気に入ったキャロルは、ジョニが使わないわずか3時間の間に録音し、その1曲がこの「空が落ちてくる」だったそうです。

 

 ただしCスタは狭く、「つづれおり」にはBスタが最適の広さだったと、エンジニアのハンク・シカロは言っています(彼はモンキーズを手がけていた人です)。

 彼は彼女のピアノを中央に置き、彼女が全員から見れるように半円状にプレイヤーを配置し、演奏が始まるときに、曲のイメージに合わせて、スタジオとコントロールの照明を変えたそうです。

 

 「つづれおり」の演奏の、独特のあたたかな空気感は、こうした見えない細かな配慮からも生まれていたんですね。

 

 

 

 最後に、聴き比べとして、この曲と同じA&MスタジオCスタのスタンウェイを使ったという、ジョニ・ミッチェル、クリスマスの定番曲「River」を聴いてみてください。

「つづれおり」と「ブルー」が同じピアノで演奏されていたなんて、ちょっと感動してしまいますよね。


Joni Mitchell - River (Official Audio)

 

 

 

 

 

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